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Dec. 27, 2007
「 難し〜!」と、撮影しながらスタッフが悲鳴をあげた45・46話。
視聴者の方々は、理屈とか設定なんか気にせず「WゼロノスのWライダーキック!」とか「デンライナーの愛理さんキレー!」とか、そういうところをお楽しみいただければと切に願ってやみません……。
年明けの最終3話は、もう小理屈関係なく、最初から最後まで笑って泣けるザッツ電王でお送りしますのでご安心を!
とはいえ、シリーズを貫く愛と理(ことわり)がひとつ明かされた回でもありました。
「45・46話では、何が明かされたの?!」というさわりだけ、一応解説しておきます。
(かえって「?」マークが増えてしまったらすみません)
(1) が本来の時間の流れです。
そこに、イマジンの未来から介入してきたのがイマジンたち。桜井&愛理カップルのいた湖を中心に、世界全体を破壊しつくしました (2)。時に2007年1月10日。『電王』の第1話の放送のちょっと前ですね。
この時点で、1月10日以降の人間の未来は消滅し、イマジンたちの未来につながるはずでした。それがイマジンたちの目論見。
ところが、『電王』の放送が無事にスタートしたように、何事もなくその後も人間の未来はつづいている。なぜかというと、良太郎という特異点が存在していたからです。特異点は、時への介入の影響を受けない存在。1月11日や1月12日……といった良太郎がすでに存在していたかぎり、たとえその過去を改竄されても、良太郎の記憶によって時間は修復されます。(3)
というわけで (4) のように、いわば接ぎ木された状態で、時間は流れつづけています。
さて。
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良太郎の記憶によって修復されたいまの時間 (4) は、本当に、元からあった時間 (1) と同じなのか?
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イマジンたちは“分岐点の鍵”が桜井だと思い込まされていた(からこそ、過去へと逃げた桜井を追っていた)わけですが、じつはそれは愛理だった――ということもまた、46話で明かされました。が、そもそもなぜ愛理が(あるいは桜井が)分岐点の鍵なのか?
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愛理が鍵だという事実を、カイは良太郎の記憶を探ることで突き止めました。
つまり、良太郎にはやはり失われた記憶があり、彼にはかつて「愛理が本当の鍵」という事実を知っていた過去がある。それが例の第3の懐中時計と関連しているのでしょうか?
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そもそも、それらをすべて仕組んだのは、過去の桜井&愛理くさい……。
イマジンの侵略があったにせよ、いったい何のために、こんなややこしいことを?!
言ってみれば、スタッフさえ悲鳴をあげる難しい理屈が発生したのは、すべて過去の桜井&愛理のせいだったりするわけで……。
理屈や設定で言えば、それが年明けの展開のキモ。
うわー、年明けも超難しそー! って感じですが、でも世の中のすべてに言えるとおり、真実は意外と単純なもの。謎がいっぱいあるように見えて、この先は、じつはあんまり説明が要りません。「○○が××!」で済んでしまうようなこと。
というわけで、解説コーナーは今回でおしまい。
理屈好きの方もそうでない方も、年明けの放送をお楽しみに!
(s)
Dec. 16, 2007
さてさて、物語はいよいよ桜井侑斗と愛理――ひいては、イマジンをめぐる謎の核心に迫ろうとしています。
意外と好評だった前回の解説にひきつづき、今回は、われらが「桜井侑斗」の謎を図解。
というか、シリーズの最初のころ(3〜4月)に、スタッフに要請されてつくったプレゼン資料ですが……。
撮影現場には「ふたりの桜井侑斗」が入り乱れるわけで、設定がわからないとどうしようもありません。
いくら口で説明しても、「わけわからない!」とスタッフが抗議するのも当たり前。
というわけで、言葉をつくすより図を見ていただいたほうが早いみたいです。
さて、問題は“ふたりの桜井侑斗”ではなく、「なぜそういう状況が発生しているのか?」のほう。
イマジンの狙いは、1話からずっと桜井侑斗です。
過去に逃げた桜井さんを追って、彼がいる時間にトラウマを持つ人間と契約し、その時間にジャンプして桜井さんを攻撃するのが、イマジンの行動の基本パターン。
でも、桜井さんは本当にイマジンから逃げているのか?
だとしたら、目立ちすぎ! ……というのもさること、若き自分自身に戦わせるということ自体、リスクが大きすぎるというのは、43話でW石丸さんが改めて指摘したとおり。また、若き侑斗のミッションも、未来の自分自身を守ることではないようです(41話で、カイまで気づいてしまいました)。
桜井侑斗の真の目的はいったい何か。そして、なぜなのか?
いよいよ物語の核心が近づいています。
前にも言いましたが、『電王』が描こうとしているのは設定や謎ではなく、ドラマ。
「???」でもぜんぜん大丈夫。本当に大事なことは、↑の図にも入れず、あえてスタッフ&キャストにさえ隠してきました。
ついに明らかになるその真相には、愛理さんを演じる松本さんさえ驚き、感動するようなドラマが……!
……といいつつ、↑の図、内輪の資料だけにウラ設定もまぎれ込んでますね。(^^;
かえって混乱させてしまったら、申しわけありません。
(s)
Dec. 09, 2007

次回45話から、いよいよ『電王』の謎の中核に切り込んでいきます。
「 謎なんかないのが見やすくていい」と、よく誉めていただいたりしますが (ありがとうございます?)、じつは謎、いっぱいあるんですよね……。
謎解きを楽しむシリーズじゃありません。でも、1年間のドラマの核心でもありますので、ぜひ最終話までお付き合いください。
43話放送後、社内モニター (なぜか女性ばかり)から寄せられた意見の大半が、
「なんでモモタロスたちが消えちゃうの?! なんでなんで??」
うーん、そうか……。
というわけで、ちょっと解説。
イマジンは未来からの侵略者。
良太郎たちが戦っているのは、イマジンの侵略を止めるため=現在からイマジンを排除するため。それはすなわち、同じくイマジンであるモモたちを消してしまうことに他なりません。
よく「時の分岐点」というセリフが出てきますが、荒っぽく図解するなら、こんな感じになってます。
記事とは無関係。
現場で大人気の、「駅長顔出しパネル」。

コハナ=松元環季ちゃん。顔ちっさ!

高岩さん@モモタロス&電王。

小島ちゃん@JAE。デカピンクでも、顔はデカくない!

もちろん柴崎監督も。決まりすぎ?
ほんらいありえた未来 (左側)が、イマジンの介入によって、現在とのつながりが断ち切れてしまいました。
ハナのいたのも、たぶんこの未来です。
過去のない未来は存在しません。それで、ハナにとっては「 世界が消滅した」ことになりました。
イマジンは、自分たちの未来に時をつなげるために、現在に介入しているわけですが、もともと彼らは“過去”を持っていません(現在とのつながりがない)。だからこそ、現在の人間の記憶に依拠しないと存在できないし、(現在に来た)カイも妙に忘れっぽいわけです(過去を持たないから)。
現在が、どっちの未来につながるか……その選択を“分岐点”と呼んでいます。
未来がどうなるかは、無数の可能性があります。単純な二択ではなく、もっといろんな分岐点があるはず。ただ、どんなルートを走ろうとも、電車がかならず駅に止まるように、時の運行(ルート)の影響を受けない“駅”のような存在がいて、それを“特異点”と呼んでいます。
39話、イマジンの介入で過去の侑斗が殺され、侑斗が存在しないことになってしまいました。けど、良太郎は“特異点”なので、そうしたことはありません。こうした特異点たちのおかげで、“分岐点”が明確になります。
どっちの“駅”に向かうのか?
ハナかカイか?
良太郎たち VS イマジンの戦いは、この最大の分岐点を、どっちに切り替えさせるかの戦い。
イマジンたちのねらいを阻止するために、良太郎たちは戦っていますが、この戦いに勝利した場合、イマジンの未来とのつながりが断ち切れ、モモタロスたちも時の中から消滅することになります(存在しないことになる)。
図解自体は単純でも、言葉で言おうとすると、なかなか難しいですね。
でも、大丈夫です。こうした理屈をちゃんと理解しているのは、オーナーと駅長だけ。しかも彼らは、チャーハン対決にしか興味がありません(笑)。
「 なんでなんで?!」という部分も多々あるかと思いますが、『電王』のお楽しみポイントはそこじゃない。
「理屈もクソもねえ!」が電王。
ドラマだけ楽しんでいただければと思います!
(s)
Nov. 18, 2007
「平成ライダーは小難しい」という先入観を破り、お気楽に見れる『電王』。
ところが、最近はスタッフさえ「 ???」となることも?!
大丈夫! 設定なんか気にしなくても、楽しめるようになってますから!
でも、さらにディープに『電王』を楽しみたい――という変わった方向けに、ちょっとだけ解説。
(1) 記憶こそが時間なんだ。
『電王』最大のキモがこれ。
ここさえ理解できれば、『電王』はぜんぶ分かります。(^^;
時とは、人の記憶の連鎖である。
時の流れという、物理的な何かが存在するのではなく、思い出が積み重なることによって、あたかも「時が流れている」ように見えるといった考え方でしょうか。
哲学とか科学じゃなく、「 直感」に近い話です。
よけい「???」になってしまうかもしれませんが、たとえ話を。
源義経という人がいます。
私たちが知っている「義経」像が、どこまで実在の人物を反映しているかわかりません。もちろん弁慶は架空の人物ですし、五条大橋のひらりひらりも、勧進帳も立ち往生もフィクション。しかし、私たちが義経について語るとき、それらのエピソードを抜きにしては語れません。
history が his story であるように、歴史は、のちの人が語る物語。
私たちにとって「過去」とは、現在から見たものとしてしか存在しません。
イマジンが過去に飛び、破壊行為をするとどうなるか。
過去が破壊されると、当然現在も影響を受けるはず。しかし、現在の人たちにそんな記憶はありません。だから、そんな破壊行為は起こらなかったことになります。
「何事もなかった」ことになるわけではなく、現在の人たちが覚えていることだけが、あったことになるだけ。
過去に飛んだイマジンが、牛若丸の頃の義経を殺したとしましょう。
すると歴史は変わるかというと、『電王』では変わりません。なぜなら、私たちが「その後の義経」を知っているから。だから、義経はイマジンに殺されず、生きつづけます。
ところが、イマジンが同じ時代に、山奥に隠遁して誰にも知られず、ひっそり暮らしていた田中六左衛門之介之丞さん(仮称)を殺したとしたら?
彼は殺されるでしょう。私たちも誰も、そんな人がいたなんて知らないから……。時は、流れつづけます。田中六左衛門之介之丞(仮称)を、こぼれ落ちさせながら。
本当は義経だって、実像を知る人が誰もいない以上、やはり時からこぼれ落ちているのかもしれません。
『電王』というのは、そんなようなお話。
41・42話も、「強くもろい、そしてまた、残酷であり優しい」人の記憶をめぐる物語。1話からずっとそうなのですが、しだいしだいに、もろさや残酷さを、より強く描くようになっているかも。
良太郎や侑斗は、そんな「時」に、立ち向かおうとしているのです。
(もしかしたら続きます)
(s)
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