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[美杉家・後編]

レギュラーセット

シリーズを通して登場するセットが、レギュラーセット
たとえば『クウガ』では、スナック・ポレポレと城南大学研究室。『龍騎』では、喫茶・花鶏(あとり)とOREジャーナル。
このように、主人公のプライベート空間(とくに家)とオフィシャル空間(とくに職場)の2つをレギュラーセットにするのが、TVドラマのセオリーの1つ。

その2つが、両方とも、“美杉家”という1つの空間にまとまっているのが、翔一という主人公を擁する『アギト』の特殊性。
それだけに、“美杉家”というレギュラーセットは、他の番組よりウエイト大きいのです。

本名すら明らかでない記憶喪失の青年と、自分の秘密をかたくなに守りつづける少女の、2人の居候が暮らす美杉家。

『アギト』という複雑な物語の中でも、本当はいちばん複雑怪奇な空間。でも、それを視聴者に感じさせず、翔一テイストでほんわかとまとめあげるのが、美杉家という舞台の使命。
美杉家こそ、『アギト』の真の主人公とすら言えるかもです───というお話。
(今回テキストばっかりです。スミマセン)

作業はまず、家のロケセット(ロケでお借りする建物)を選定するところから始まります。
外側は実際のお宅をお借りし、内側を美術セットとして建設するプラン。内外の印象を融合ロケマッチと言います)させなければいけないので、ロケセットが決まらないことには、セットは設計すらできません。

美杉家たるべきお宅を求めて、各地を探し回る制作部。
一口でいえば、「翔一&真魚のイメージにぴったりで、1年間にわたって撮影にお借りでき、リビングが広い庭に面していて、その庭を撮影に開放していただけるお宅」……ぜんぜん一口にまとまらんやん。(^^; とくに翔一の菜園のために、お庭を使わせていただきたいという条件が、足を引っ張ります。

「これは?!」と思うお宅が見つかるたびに、監督以下メインスタッフが急行しますが、撮影に不向きだったり、先方に断られたりで、何度となく、ロケハンは振り出しに戻ります。

何週間がたち、「この日までにロケセットを決めないと、もうOAに間に合わない!」というタイムリミットすら、たちまち通りすぎていきます。
もう監督以下、各スタッフもギブアップぎみ。
“妥協”という言葉が、皆の脳裏をよぎったとき、「あと1日探そうぜ」と踏みとどまったのが、美術・大嶋氏。

「でも、それではセットが建ちませんが……」
「セットは、どうにか間に合わせる。たった1日のために、1年を棒に振れるか?」

「では、もう1日だけもらいます」と、祈るような気持ちで走り回った制作部・富田氏が、奇跡のように、理想のお宅に行き当たったのは、すでに12月中旬。
以来、そのお宅には丸1年間、昼となく夜となく、撮影にお邪魔し、そのたびにお庭を掘り返して大改造をほどこす……という無理を、快諾していただきました。本当にありがとうございました。

ロケセットが決まれば、今度こそ美術チームの出番。ロケマッチ(ロケセットとセットの融合)を意識しながら、セットを設計していきます。
セットデザイン→建て込み→装飾(設計→建設→内装)に残された期日は、もう1週間もない。“突貫工事”という言葉を地で行く強行軍! 「この1週間で、1年が決まる!」という思いで突っ走る、美術&装飾チームの猛者たち。

田崎監督の注文は、「和洋折衷」。「海外を飛び回る美杉夫人の趣味が、前面に出ているという設定で」、と。
美杉義彦&太一親子が、2人の居候を自然に受け入れた背景には、美杉夫人の不在という淋しさの穴を埋める心理もあるだろう。でも、父と子の物語を軸とする『アギト』には、“母”は登場させにくい。ならば、家そのものに、美杉夫人の存在を表現してもらいたい。

「ロケマッチ」「オシャレに」「住みやすく」「撮影しやすく」「美杉親子の表現」「翔一&真魚の表現」───
そうした重層的な要求に、美術・大嶋氏&装飾・高桑氏のコンビは、どう応えたか───。

美杉家リビング

QuickTime VR のパノラマ映像。マウスのドラッグ操作で360度見ることができます。
(QuickTime を見るには……という技術的な解説はいたしかねます)

リビングの謎1、斜めってる天井

セットでは一般に、天井はつくりません。手間も費用もかかる上に、撮影・照明のジャマにもなるので、省略するのが鉄則。
その常識を破ったどころか、「斜め+天窓」という型破りの作り込みを見せたのは、美術・大嶋氏のコダワリ。

ロケにお借りしたお宅(↑)の印象的な屋根を、ややデフォルメして再現しています。ロケマッチのためのワザの1つですが、それだけの理由で、ここまではしません。

リビングの謎2、いきなり階段

「リフォームの手本にしたい!」という声までいただいた美杉家。でも、この階段ばかりはマネは禁物。手前に手すりもなにもないので、ホントはとってもコワいです。(^^;
  1. リビングのアクセントになる
  2. 撮影に利用 (階段をあがって上から撮るなど)
  3. 真魚(部屋が2階という設定)が出入りする時、かならずリビング&キッチンを横切るため、ドラマが運びやすい
等々、ドラマ的にいろいろ使える階段。

この階段1つで、「2階があるんだな」と、家の構造が分かります。また、天井によって、屋根までの距離感が分かる。
つまり、リビングを見ただけで、家全体のスケールが把握できる仕掛けになっているのです。

セットは、家の一部を切り取ったものであると同時に、家全体をも表現する。───映像を知りつくした大嶋氏ならではの仕事。
Gトレーラーや、劇場版冒頭の施設のセットを、わざわざ上げ底(?)にして2階部分に建設した(タイヘンなのです)のも、そうした表現の一環。

  1. 縦方向(高さ)の表現を重視
  2. 素材感へのこだわり
  3. 撮影をしやすくする独特の工夫
……などなど、大嶋美術の特徴はいくつもありますが、スタッフが大嶋美術に心酔するのは、そうしたテクニックよりも何よりも、「セット自体がドラマを語っている」こと。
その代表が、あの階段なのですが………この話は後編にて。

謎3、階段上の猫の群れ

その階段を上りつめたところに鎮座する、謎の猫シリーズ。
第8話、ベッドを運ぶ翔一&氷川誠が、ドッカンドッカンやらかした衝撃で落下する芸を見せたりしてます。
ちなみに、まんなかの招き猫は、『龍騎』でも活躍(?)。
「和洋折衷」ということで、インド風からイギリス風まで、古今東西のあらゆるグッズがひしめく美杉家。なのに、雑多なイメージにならないのは、このように「猫なら猫!」と、テーマを絞った配置がなされているから。
こちらは、高桑氏率いる装飾チームのワザ。

リビングには、ソファセットをどーん、と考えるのが、ふつうのインテリア。しかし、高桑氏の仕事は一味ちがいます。
リビングの奥から窓に向かって、「重みのある色&形のソファから → 明るい色&細い形のイスへ」と、階調をつけています。
窓から差しこむ光とあいまって、部屋全体に奥行き感を与えます。また、奥に行くほど威圧的になることを利用して、「誰がどこに座るか」を、演出上で使えます。

謎4、窓の外の景色

← 窓ごしだと、実際の風景と区別つきませんが……
← 実際には、ステージの壁ホリゾントに背景画を描いています遠見=とおみといいます。東映では単に背景ということが多いかな?)
美杉家のロケ先とセットを一体に融合させるワザの一つ。
背景さん(松下背景美術)の仕事です。

キッチン

翔一といえばキッチン。キッチンといえば翔一と。

リビングとの見晴らしを確保しながら、キッチンの人間が、リビングにいる家族にバレずに玄関にアクセスできる……という微妙な間取り。
もちろん、「キッチンの翔一が、家族に気づかれずに出動する」というシチュエーションを計算してのこと。

美杉”だからか、家全体を「」のイメージで統一して暖かみを出し、かつ、各部屋ごとにテイストを変えていくという方針。
ダイニングキッチンは山小屋ふう?
  
壁や床・家具から、換気扇フードに至るまで、徹底した統一感。
壁にかけられている鍋・釜の色も、調和を崩さないように考慮されています。

壁の調理具が、コンロ脇のスパイスラックから食器棚にかけて、しだいに大きくなっているのもミソ。アクセントを与えると同時に、遠近法の効果で、部屋を広く見せます。
……なのですが、壁にかかっているザルは、よく見ればザルじゃなくてアジアンなカサ。いったい何に使うの、翔一君?(^^;

同様のカサはリビングにもあり(←写真左)、キッチンとの調和を保っています。

リビングからキッチンを臨む(写真右→)。

同じ“木づくし”でもテイストが違うため、キッチンの存在感が出ています。
でも「不調和」にならないのは、カサの飾りや、キッチンの食器棚とリビングの飾り棚を対比させるなどして、2つの部屋をなじませているから。
美術・大嶋&装飾・高桑両氏のコンビネーションプレイ。

2つのキッチン

美杉家のキッチンは、実際に使えます。水も火も電気も使えます。
「だから?」と思われるかもしれませんが、これは異例のこと。とくなキッチンやお風呂など、水回りはタイヘンなので、よほどのことがなければつくりません。料理番組ですら、セットのキッチンは飾り物だったりするほど。

『アギト』には、「翔一が調理や洗い物をしている」という、なにげないシーンが何度かありますが、それは、美術チームが、「翔一がなにげなく炊事芝居をするのが、よほどのこと」と受け止めてくれたからこその賜物。

飾り物のキッチンでは、水が使えません。たとえば『龍騎』第8話では、タライに水を溜めて洗い物をしてますが、これは節水のためじゃなくて、撮影の都合。
アギト第14話。翔一が水を流しっぱなしにしながら、「俺が死んだら、誰が真魚ちゃんを守るんだ……」と、ひとり悩む。こういうシーンが撮影できるのは、テレビドラマ的には、たいへんなゼイタクなのです。

本当のキッチン? ただし、いくらキッチンが使えるといっても、劇中の料理(消えものといいます)を、ここでつくっていたら、料理ができるまで撮影がストップしてしまいます。そこでセットの裏に、もう1つ、本物のキッチンをしつらえ、撮影と並行で、現場で調理ができるようになっています。
つまり、美杉家セットには、キッチンが2つある。これ、料理番組方式なんですよね……。

美杉家セットの驚異は、まだまだこれから……ということで、後編につづきます。

[美杉家・後編]
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